レストランでおっちゃんに言われた値段を聞き返しただけなのに「こいつ文句言ってやがる」と濡れ衣を着させられ、ふざけるなとひと揉めしたバンコクに中指を立てながら向かったのは、ヨーロッパの人たちがこぞって日焼けをしに訪れるホアヒンという海沿いのリゾート地。
ヨーロッパの赤黒いじいちゃんは大抵寒い時期にこの場所へ赴き、魚の干物のようにベッドに寝そべって肌がパリパリになるまで日焼けをしている。そう断定してもいいくらい、ホアヒンのビーチはヨーロッパ老夫婦で溢れかえっていました。そんなじじばばが集まるところなのでビーチを右往左往する馬に目を瞑れば、ゆっくりするのにはうってつけの場所でした。また不思議なくらい若者がおらず、「ホアヒンは定年退職をしてから」というお預けをくらってるのかと思うほどでした。
そんな落ち着いたビーチで過ごす、潮の満ち引きを眺め、波の音を聞き、太陽の移動に合わせて日陰で寝そべるだけの1週間ではたいしてネタになるような出来事はなく、僕は毎日アホみたいな顔してダラダラよだれをたらしながら息をするだけの生き物になっていました。何もせず、ただぼーっとする。ただ意外とこれが難しい。気が付けば用もないのにスマホの画面を開いて5分前に更新したばかりのインスタグラムを覗いたり、バンコクのおっちゃんとのトラブルに自分の落ち度はなかったかとか、こうすればもっと効果的に相手を不快にさせる事が出来たのではと考えたりしてしまい、無意識に何かしらをしてしまう。
さらに、数年前に話題になった「レンタルなんもしない人」って「何もしない」をして商売をしているわけだから、本当に何もしないわけではないのでは?しかし、「何もしない」でお金を貰っているわけだし、ならばそれはプロの「何もしない人」としては成立しているのではないか?と、くるぶし丈程度の深さの思想を脳内で繰り広げていました。
しかし、ビーチで何もしてないからその考えごとが続くわけもなく、3日目には気が付けば本格的にぼーっとしている日本産の若干物(わかひもの)ができあがっていました。ただこれを習得して怖いところは、そのぼーっとする事が時と場所を問わず出来てしまうこと。ぼーっとすることに没頭するあまりホアヒンから出てもう数日経ちますが、電車で乗り過ごしてしまったり、コンセントの変換プラグを差したまま宿を経ってしまうなど、見事に生活に支障をきたしています。
ボケた人がホアヒンに行くのではなく、ホアヒンが人をボケさせるようです。
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