地中海とレモン

旅の記録

「地中海を見たい」という理由で、カイロから電車で数時間のアレキサンドリアという街へ行った。旅の動機などこんなもんでいいと思っている。地中海といえばレモンだ。逆にレモンといえば地中海である。地中海産レモンケーキ。地中海産レモンジュース。今まで28年間生きてきて、海外からの輸入でそれ以外の場所で収穫されたレモンをウリにしている商品を見たことがない。しかし地中海に面している国の一つであるエジプトのアレキサンドリアは街中レモンというわけではなかった。

ただ目の前に広がる海は間違いなくそれなので、僕の興奮が薄れることはなかった。細々とレモンを台車に乗せて移動販売をしているお兄さんから2つレモンを購入し、海沿いの石垣に並べる。僕はイヤホンを耳につけてニューシネマパラダイスのサウンドトラックを流し、レモン越しの地中海を眺める。

あはんいいなあーーーーーーー。

以前のヨーロッパ旅でシチリア島に行かずに次の宿題にしたのを若干後悔しつつも、この海の先にトトとアルフレードがチャリを2ケツした道や、トトが年明けまで毎晩思いを寄せる女性の家に赴き、結ばれた場所があるのだと思うと感慨深かった。送り出す時に愛を込めて、「お前の顔を見たくない、お前の噂を聞きたい」と言う粋な友だちは僕にはいなかったが、代わりに「帰ったら遊ぼ」と普通に言ってくれる友達はいた。中学からの友だちに至っては連絡すらない。

全曲再生されると次に控えていた椎名林檎が僕の耳を横切った。まだ今の僕に、東京の丸の内を思い出すには早いので、聴き終えたばかりのアルバムの一曲目をタップする。一度東京湾に戻りかけた意識を再び地中海に向けると、次の椎名林檎が歌い出すまで腰掛けた石垣から離れることが出来なかった。

毎朝ニワトリの鳴き声よりも先にモスクのアナウンスで目覚めるエジプト。アラビア語ナンバーでUberの識別が不可能なエジプト。現地で食べるには美味しいが、日本でも食べたいと思う料理があるわけではないエジプト。

空港に向かうバスのシートは石みたいに固い。薄汚れていて建て付けの悪い窓を無理やりこじ開けて外を見るとビルの隙間からオレンジ色が見えた。なんてことないただの夕陽だが、この旅で初めて名残惜しさを感じた。

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