ゲストハウスで盗難事件

旅の記録

海外に行くとスリや置き引きには細心の注意を払わなければならないので、そこに関してはちょっと気持ち的に負担を感じてしまう。カフェでトイレに行く時に自分の荷物を席に置いたままでも、誰かに盗まれることのない日本はなんて素晴らしいのだろう。ズボンのお尻ポケットに入れておこうと決めたパスポートを、右ポケットに入れ間違えただけで「あれ、パスポートがない!!」とプチパニックになる事が何度もあったし、海外では一生使うことはないが帰国した時になかったら困る自分の運転免許や保険証を、持ち歩くかバックパックに置いていくか迷い、その結果全ての貴重品を携帯して街を歩いてかえって危ないんじゃないかと思ったり、何が正解か分からない。さらに、ヨーロッパで自転車選手の泊まっている宿が荒らされたみたいなネガティブなニュースだけはしっかり覚えているので、宿に預けるのも怖い。そもそもこの貴重品入れは信用できるのか?この宿の人間は信用できるのか?と考え始めたらキリがないので、とにかくめんどくさい。

しかし、日本の感覚で海外で過ごせるとは思わないので、豪に入れば郷に従え精神のもと自分の価値観に捉われずに対応をしている。このマインドは結構役に立ち、海外とのギャップに驚く事があってもすんなりと受け入れることが出来るのである。そして、幸いにもこの旅ではトラブルがなかったのでこれらの心配は杞憂に終わったのだが、明日は我が身で、パリのゲストハウスで同じ部屋に寝泊まりしていた女の子の服が盗まれてしまう事が起こった。

翌日の準備を済ませて寝ようかと思った頃、一人の女の子が興奮気味でなんやかんや言っていた。他の人との話に耳を傾けてみると、どうやら彼女が自分のベッドに置いていた服や下着が見つからないらしい。彼女の荷物管理が甘かったのが原因なのは間違いないので、僕は話に混ざらずにスルーしようと思ったが、自分の身の潔白を主張せずに”容疑者A”にはなりたくはなかったので、「どうしたの〜?」と気に掛ける素振りを見せ、事情を聞く。彼女はもう一度荷物を確認したり、何か心当たりがないか宿の人に尋ねてみたりするが、結局見つかる事はなかった。そして、彼女の感情は昂りを増す。

前述していなかったが、彼女はスペイン語が母国語の南米から来た人で、英語力でいえばある程度日常会話が出来る僕と同じくらいだった。その後仲良くなって分かることだが、彼女はとても感情表現の豊かな人だったので、めちゃくちゃ興奮しているこの時ぐらいは母国語で発散してもいいのになと思ったのだが、きちんと英語で「あのドレス高かったのに」とか「今まで何度も旅をしてきたが、こんなことは初めてだ」と不満を言うのは、僕達に自分の気持ちを理解してもらう為だったのだろう。なだめつつも僕は彼女を立派だなあと感心していた。

しかし、興奮と怒りがMAXに達した時に彼女は大きく息を吸った。我慢の限界で、英語では言えない自分の気持ちを吐き出す為にとうとうスペイン語の汚い言葉が出るのだろうと僕は謎の期待感を胸に彼女を見守っていた。すると彼女は少しの間をおいてから、僕に向かって「Fuck you!!!」とはっきりとした発音で叫んだのである。

、、、。

その瞬間、時が止まったかのように部屋中が凍り付いた。そして叫んだ本人は少しスッキリした顔でその場を去っていく。僕の脳内には彼女の発した不適切ワードがやまびこのように繰り返し流れている。ふと視線を隣に移すと、同室のオランダ人は僕に同情の目を向けている。しかもちょっと笑いそうな顔をして。

当たり前だが、無実の僕が彼女にそう言われる筋合いは無いし、彼女が僕にその意味通りの言葉を向けた訳ではない。ただ、彼女は自分の知っている最大の悪口を慣れない英語で叫んだだけ。彼女は彼女なりの、豪に入れば郷に従えをしただけ。そこに偶然目の前に僕がいただけなのだが、なんだかスッキリしない最後に僕だけがモヤモヤを抱えてベッドに戻る。

暗闇の中、「おやすみ」と僕に言うオランダ人の声色はまだ半笑いをしていた。

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