世界三大料理といわれるトルコ料理は期待を裏切らずに美味しいし、寒い中無理して食べたトルコアイスは期待通りのうざい提供の仕方だった。砂で温めるお店は見つけられなかったけど、香り高いトルココーヒーも文句なし。街は綺麗で車たちはお行儀良く等間隔で走る。舗装されたゴミのない道には観光客をカモにして執拗に声をかけては高額な料金を請求する倫理観に欠けた人外もいない。こんにちはトルコ。初めまして中東。
国の経済的な豊かさを示すGDPでトルコは上から19番目に位置しているらしい。この地球上に国がいくつあるか知らないが、たくさんある国の中で19位は間違いなく上位であろう。びっちり整ったインフラと、こっちを見てはにっこり微笑むスターバックスとマクドナルドが僕を安心させた。横浜で生まれ育ったにも関わらず都会の暮らしは得意ではなかったが、久しぶりのネオンにほっと生暖かい息を吐く。
温かいシャワー浴びると気持ちがいい。
小学生の頃、プール前の冷水シャワーを”地獄のシャワー”と呼び、「あれを地獄って言うんだから可愛いもんだよな」と久しぶりに会った友人と思い出話をするまでが日本人共通の通過儀礼であると認識している。しかし今年で29歳になるにもかかわらず、また僕は地獄へ赴いた。(約20年ぶり2度目の出場)
“行けたら行く”ぐらい信用ならない宿泊サイトの『温かいシャワー使えます』に半信半疑になりながら全裸でその真偽を確認をする(安宿を選んでいるからしょうがないのだが)。シャワーから出る水へ、カンフーのように手の甲を差し出しては引く作業をし、温水が出ると安堵するが、冷水のままなのが分かると心の中の自分と下がりつつある清潔のハードルに相談しつつ、最後は脇の匂いが決定打となり「ひいっ、ひいっ」と地獄で踊り狂っていたのだ。これがほんの数日前の出来事。
暖房の着いた部屋で半袖になってぬくぬくと快適に過ごし、当然シャワーは温水。同部屋の人たちとの楽しい時間。ブログとしては旅が楽しいほどネタとしては弱く、いざパソコンに向かっても『今日は〇〇をして△△でした』みたいな小学生の日記になってしまって情けない。
僕にとってトルコでのネタが少ない原因を考えてみると、都市化されるとどの国も似たような暮らしスタイルになるゆえ、それが自分にとって新鮮な体験ではないのだろうという結論に至った。都市化される前の地域では人々が知恵絞ってその土地や風土に合わせた暮らし方が見られるが、これは今までのそこにいた人間たちによる努力の跡だ。だから僕は魅力に感じ、惹きつけられる。今現在、経済的に成長している国が増え、道路がアスファルトになり、街には大きなビルが建っている。国がどんどん発展していき、いい意味でも悪い意味でも都市化する事によってその地域独自のらしさみたいなものが失われつつあり、どの国も似たような顔つきになるのではないかと思った。変わりゆく世界を自分の目で見るために、いつだって旅をするのは今のうちなのかもしれない。
GDP世界3位の日本人の自分にとって珍しいとか面白いとか思うのはいわゆる貧しいといわれている国々の文化や人たち。謎の上から目線を持っている自分に嫌気を感じているなかで、フワっと”日本に生まれてよかったなあ”という気持ちがどこかから浮かんでくる。でも果たしてそうなのだろうか。
シャワーが温水である事を疑わなくていい世界観に生まれ育ったことを実感しつつも、それと引き換えに失ったものはないかと足元を見る。それが何なのか僕にはまだ分からないまま水は排水溝へ流れていく。
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